義母と同居になった時の話

同居 介護

台風19号の影響により被災された皆様に心からお見舞い申し上げますと共に、
一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

もともと同居の予定はなかった

もともと、義母とは同居する予定はありませんでした。

義実家には義母と未婚の義妹が住んでいて、私たちは結婚して別のところに住みました。

結婚前、オットが「うちの実家に住む?」と聞いてきたけど、「それは無理」とバッサリ

即答した私(笑)

私たちは同居予定のない家を建てて子どもと住み、その後結婚した義妹はそのまま義実家で

義母と同居していました。

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火事で事態は一変!

ある日、事態は一変しました。

夜、義実家の裏の町工場から出火、怪我人は居なかったものの、火元となった工場は全焼。

義実家のお隣も全焼し、何も残っていませんでした。

義実家は家財は焼けませんでしたが、屋根と裏の壁が焼け、大量に放水したため、家財は

ほとんどがダメになりました。

無事な家財の運び出しに駆り出され、ゴミの特別収集をしてもらうためにダメになった家財も

外に放り出し、ふらふらになっているところで同居の話がありました。

義母は70代半ばで足腰が悪く、一人暮らしはさせられない、と。

え、一人?義妹さんは?

そういえば運び出しも片付けの間も、義妹を見かけませんでした。

義妹は逃げた後だった

なんと、義妹は身の回りのものだけ持って、逃げた後でした。

半年ほど前に義妹夫が他県に転勤になり、単身赴任していたそうで、そこに行ってしまった

のでした。

夫のもとに行くのはわかる。

だけど、自分のものくらい片付けてから行くべきでしょ!

私たちは義母の荷物を運び出し、残された義妹夫婦の大量のモノをブチ切れながらゴミに出し、

後始末を終えました。

運び出した義母の巨大な婚礼箪笥と大量のモノは、しばらく貸倉庫で保管されたあと、

どこにも持って行けずに一部は買い取ってもらい、残りは処分することになりました。

我が家が義母を受け入れられる部屋は、一部屋です。

お仏壇と身の回りのものだけ。

それでも服も靴もあまりにも多くて、部屋がぎっしりになりました。

義母の部屋のものだけを持って来たのに。

年を取ったら、モノは減らさないといけないと実感。

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同居のストレス

そのころ私は、発達障害で多動な次男の療育をしつつ、突然始まった同居で発狂しそうでした。

義母は私に対して、嫌味を言うとか意地悪をするとか、そんなことは全くありません。

あまり怒ることもなく、いいお姑さんだと思います。

だけど、マイルールとマイペースをどこにいても貫く人です。

生活習慣と生活のペースが違うと、驚くほどにストレスなんだと初めて知りました。

そのストレスは血のつながったオットでも同じだったようで、怒りまくっていました。

それ以来、義母はオットに言う事があると私に言い、オットも義母に用があると私に言う、

妙な関係になりました。

食事もお風呂も洗濯も、なにもかもペースが変わりました。

義母と同居して良かったこと

私は次男の発達障害を、自分になにか責任があるように思えて、自分を責めていました。

ですが、義母と同居して、次男が義母と性格や体質がそっくりだと気付きました。

これは遺伝じゃないか?とわかった時、なんとなく気持ちが軽くなりました。

次男のオムツがなかなか取れないのも、トイレが異常に近い義母と似ていて、ただ単に

間に合っていないだけだとわかりましたし、マイルールを貫くのも義母にそっくりです。

空気が読めないところが多々ある義母は、それでもちゃんと就職して定年まで勤め上げ、

結婚もして、今に至ります。

次男の将来に光が見えた気がしました。

同居していなければわからなかったでしょう。

大変でしたが、同居して良かったと今でも思っています。

もう、したくないですけどね。

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